【ユニバーサル ミュージック社長・藤倉インタビュー:前編】アーティストから「選ばれる会社」であり続けたい
社長の藤倉尚は、就任以来たくさんの人に音楽の感動を届け、8年連続の増収を達成してきました。この強さを支える、全社共通の思いとは何か。前後編2回にわたって、トップの声を伝えます。
社訓に「人」を入れた理由
私がユニバーサル ミュージックの社長に就任したのが、2014年。
翌年には日本でApple MusicやLINE MUSICの定額制配信サービスが始まり、音楽業界に新たなデジタル化の波が押し寄せました。
さらに近年はコロナ禍でコンサートの開催が難しくなるなど、変化が激しい時代です。そんな中、私たちはどうやって結果を出し続けられたのか。
それは、あらゆる場面で“人”が輝けているからだと思います。
アーティストはもちろん、才能を発掘して伴走する社員、作品を世の中に広める社員、そしてバックオフィスの社員。みんなが目標に向かって努力し、結果が次につながる「プラスの循環」を生み出せています。
背景にあるのが、われわれが共有する思いです。
社長に就任したとき、私は真っ先に「人を愛し、音楽を愛し、感動を届ける」という社訓を掲げました。
冒頭に「人を愛し」という言葉を入れたのは、変化の激しい時代こそ、人を土台に中長期を見据えた経営を行うべきだと考えたからです。
具体的に説明しましょう。CDが中心の時代は、発売から3ヶ月で全売上の9割が売れるような短期決戦でした。発売日をめがけてメディアで話題をつくり、一気に売る。当社のスタッフも能力主義で、契約社員が7割を占めました。
しかし今成長しつつあるストリーミングの分野では、配信後にじわじわと口コミが広まったり、何年も経ってから突然ヒットしたりする。配信日からどれだけ発火点を作れるかを、長い目で見なくてはいけないんですね。
また、アーティストが楽曲をネット上で発表し宣伝できるようになり、以前のように「音楽会社がなければ世の中に作品を出せない」状況ではなくなりました。
今や、アーティストから私たちの提供するサービスに価値があると認められ、「選ばれる会社」でなくては生き残れないのです。
「全員正社員」で本気度が増した
選ばれる会社であるために欠かせないのが、中長期でアーティストに伴走し、ニーズに応えられる“人”。
そう考えた私は、2018年に希望する人を全員、正社員化しました。
とはいえ、正社員を増やすことは固定費がかかります。
アメリカ本社との交渉は大変でした。それでも「変化の激しい時代だからこそ、良い音楽をつくって届けるために、人の力が重要だ」という信念は揺らぎません。
アメリカ本社には「正社員化という“権利”を得る代わりに、結果を出し続けるという“義務”にコミットする」と伝え、なんとか実現することができました。もちろん社員たちには、「正社員になったとしても安泰ではない」と言っています。
われわれは成長し続けることをステークホルダーに約束したのだから、より一層努力するんだ、と。
実施から4年経ちましたが、社員の本気度が上がり、素晴らしいアーティストとの縁に繋がったと実感しています。
長い目で仕事ができるようになったことで自由度が増し、音楽制作を担当するA&R(Artists and Repertoire)の個性も際立つようになりました。アーティスト側から、「この人と仕事がしたい」と契約する事例も増えています。
結果として、それぞれのレーベルの存在感が増し、社内で健全な競争が生まれています。
変化は「大きなチャンス」なんだ
アーティストが私たちに求めるものは、千差万別です。
「自分の音楽を世界に届けたい」「ストリーミングでもっと聴いてほしい」「憧れのアーティストに近づきたい……。」
こうしたさまざまなニーズに応えるために、社員がスキルを磨くのはもちろん、他の業界からその道のプロに入ってもらうことも多い。音楽業界に限らず私たちに不足している知識やスキルを補いながら進化しています。
面白いことに、TikTokやSNSの世界を突き詰めていった結果、デジタルでしか音楽を聴いたことがなかった若い人たちが「コンサートに行きたい」「このパッケージのCDがほしい」と、フィジカルにも関心を持ち始めています。
私は就任当初から「デジタルとフィジカル、両方の会社を運営するつもりで戦略を立てよう」と社員に伝えていたのですが、その相乗効果が出始めている。デジタル化の波というのは、音楽への入り口を広め、マーケットを広げてくれるんですね。
「海外に近い」ことも、当社の大きな強みです。ここに関しては最近、世界の音楽業界のルールが変わったと感じています。
これまではユニバーサル ミュージック内でも、世界的なスターが出るのはアメリカやイギリスなど限られた国でした。
日本を含めほかの国は、国内で才能を発掘して国内で売るのが常識だったのです。しかしここにきて、韓国やラテン語圏のアーティストがアメリカの現地レーベルと契約し、全世界でヒットする事例が出てきました。
もちろん、日本にとっても大きなチャンスです。
当社はいま、海外のレーベルと久石譲を世界に売り出すプロジェクトを進めています。以前は「日本から世界的スターを生み出す」というと夢物語に聞こえましたが、今はそうじゃない。私は今、本気で日本から世界的スターを出すという目標を掲げています。
テクノロジーの進化によって、音楽の届け方、アーティストの関係などは大きく変わりました。その中で、1890年代に蓄音機の発明から始まったユニバーサル ミュージックが、120年以上、変わらず続けてきたことが1つだけあります。それは、「新しい才能を探し続ける」ということ。
音楽をめぐる環境がどれだけ変わっても、私たちの中心には常に音楽がある。音楽を生み出す人への思いがある。それさえ忘れなければ、時代の変化はむしろ大きなチャンスなんですね。
>> 後編に続く
[ Text by 室谷明津子 / Photo by 杉浦 弘樹 foto.Inc ]