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【ユニバーサル ミュージック社長・藤倉インタビュー:後編】経験は古くなる。だからこそ「成長を続ける人」と働きたい

社長の藤倉尚は、就任以来たくさんの人に音楽の感動を届け、8年連続の増収を達成してきました。この強さを支える、全社共通の思いとは何か。前後編2回にわたって、トップの声を伝えます。(前編はこちら

そこに「熱量」はあるか

「ヒットを出し続けるコツは何ですか?」と聞かれることがあります。

たしかに当社ではAdoやずっと真夜中でいいのに。、藤井 風、ヨルシカなどデジタル世代の若手アーティストの発掘・育成に成功し、コロナ禍でも業績を伸ばすことができました。
 
でもはっきり言って、ヒットを出す方程式なんてありません。

みんなが「いい」と言った曲からはヒットが出ないという話があるんですが、多数決では答えが出ない。楽曲をヒットにつなげるのは難しく、当社だって百発百中ではありません。
 
それでもあえてヒットの理由を探すなら、「熱量とデータ」でしょうか。
 
データに関しては、今はYouTubeの再生回数やSNSのフォロワーでファンの数が見えますよね。どういう楽曲がヒットするのかを分析するツールもあります。こうしたデータは参考にしています。
 
ただ、それだけではアーティストの将来性を判断できません。
すでに数字をもっている方だと最初の楽曲がヒットする確率は高いですが、そこから継続的に5年、10年と人々を感動させられるかは、また別の問題。長く成長を続けられるアーティストかどうかを見極めるのは、結局のところ、“熱量”です。
 
アーティスト自身に、ストーリーや生き様の魅力、強い思いがあるか。

そしてそのことを語る言葉を、アーティストと担当するA&R(Artists and Repertoire)が持っているか。そういう熱量を、何よりも大切にしています。

制作現場で打ち出した「妄想3原則」

アーティストの熱量を知るために、私は社員によく「妄想3原則をクリアしているか?」と聞いていました。これ、何のことかまったくわからないですよね(笑)。

妄想3原則というのは、アーティストの未来が具体的に思い浮かべられるかどうかということです。

私が現場にいた頃から大切にしていることで、当時は「紅白歌合戦に出られる」「東京ドームでライブができる」「100万枚売れる」この3つのいずれかが描けるかどうかでした。もちろん、今はアップデートしていますよ。

個人的なキャリアについて少し触れさせてください。
私は若いころから音楽が好きでしたが、仕事にしようとは思っていませんでした。「人を楽しませる仕事がしたい」と、新卒で洋酒メーカーに入社。そこでのイベントで音楽業界の人たちが生き生きと働く姿を見て、「自分もこんな風になりたい」と強く思いました。

念願かなってポリドール(現ユニバーサル ミュージック)に転職し、営業職を経て配属された音楽制作の現場が、ユニバーサルシグマ。今は好調ですが、当時は「このままだとレーベルがなくなる」と言われるほど苦戦していました。

危機感の中でヒットを狙ったのが、AIの『Story』という楽曲です。多くの人を感動させる力があると信じて全力で応援した結果、大ヒットとなり、AIは紅白歌合戦出場を果たします。

さらに、德永英明の初のカバーアルバム『VOCALIST』の大ヒットにも関わることができました。德永は当時アーティストとして表現の方向性に悩んでいた時期でした。そんな中で彼と私たちのチームは共にファンが望むことを考えぬき、作詞作曲へのこだわりを捨て、独特のハイトーンボイスで女性ヴォーカルの曲を歌って新境地を拓いたのです。

ユニバーサルシグマは息を吹き返し、私はマネージング・ディレクター(レーベルのリーダーの役職)を任されました。そこで「これからもアーティストの才能を信じ、熱量をもってやっていこう」と決めて、みんなに「妄想3原則」を伝えました。2014年に会社のトップになってからも、この気持ちは変わっていません。

一方、時代によって音楽をめぐる環境はどんどん変わっています。音楽の聴き方がアナログ盤からCD、ダウンロード、そしてストリーミングと変化したように、これからもテクノロジーは進化するでしょう。

このような中で、成功体験はあっという間に古くなります。私たちが「アーティストから選ばれる会社になろう」と言っている以上、常に“今”を学んでキャッチアップし、進化しないと、輝きを失ってしまう。

それができている人――夢を思い描き、努力している人を見ると、心からワクワクします。アーティストも社員も同じ。「こうなりたい」という思いを強くもっている人、その夢に向かって成長を続けられる人は年齢や実績に関係なく尊敬します。ぜひ、そういう人と働きたいですね。

無関心だけは許せない

私が一番嫌なのは、「愛がないよね」という言葉。

アーティストに対してもそうだし、社員同士でも同じ。「愛」の反対は、「嫌い」じゃなくて「無関心」。その状態が許せないんです。

パートナーや友人が困っていたら、何ができるだろう?と必死に考えますよね。それはアーティストに対しても同じ。

解決策は千差万別ですが、関心を寄せ、理解しようとし、一緒に解決を目指すこと。そうやってアーティストに愛情を注ぐことが大切だと思います。
 
先日、米ロサンゼルス本社に出張しました。ちょうど藤井 風が現地でコーライティング(共同で行う曲作り)中だったので、「ボスのルシアン・グレンジCEOに会ってみないか?」と声をかけました。
 
ルシアンはUNIVERSAL MUSIC GROUPのトップを長く務め、ビルボード誌で「世界で最も音楽業界に影響力を持つ」と言われる人物です。

藤井の面談を申し入れたら、「会いたいけどSay helloの時間しかない」と。それでも光栄だと、アポイントを取りました。
 
当日、部屋の入り口でルシアンは「どんな音楽が好きなの?」と立ち話を始めたのですが、音楽談義が盛り上がり、「ちょっと座りなよ」と招き入れられ、2人は真剣に話し始めました。「イギリスのMIKAって知ってる?」「QUEENはどこまで聴いてる?」――。
 
気がつけばルシアンはうれしそうにスマホを見せて、「このミュージックビデオを見るといいよ」とアドバイスをしています。秘書が次のアポイントの催促をしても「スキップして」。2、3分しかないと言われていた面会は、90分におよびました。

トップのそんな姿を見て、私は感動しました。
きれいごと抜きで、うちの会社って本当に音楽が好きなんだ。人が好きなんだと実感できたからです。

結局のところ私も、音楽が好きで、人が好きで、この仕事をしています。
私たちは「愛」を起点にしている。
だから純粋にアーティストの成功を願い、努力する。その熱量に勝てるものはないと信じています。


[ Text by 室谷明津子 / Photo by 杉浦 弘樹 foto.Inc ]